ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00257_穏やかな朝

最近、穏やかに朝を過ごせることの価値を噛みしめるようになりました。

たしかに、洗濯したりとか身支度したりとか、色々慌ただしくはあるんですが、コーヒーや白湯を飲みながらゆっくり本を読んだり、文章を書いたりする時間も取れています。


やるべきことは多いけど、それで焦り過ぎたら疲れてしまうよね。

リラックスする時間も必要だ。


どうにも忘れそうになるけれど、自分にとっては「安定して働いて生活していく」ことが第一の目標なのです。

もっと仕事を頑張りたい、お金を稼ぎたい、多くの人と関わりたい、というような気持ちが強く出ることもあります。

でも、そのせいで体調を大きく崩してしまってはいけない。人間関係を乱れさせてはいけない。

今日も穏やかに、穏やかに生きていきましょう。

00256_転機

先日メンヘラ.jpさまに記事を掲載して頂いてから、ブログのアクセスがとても増えています。ありがとうございます。しっかりと文章を書いていく足がかりにしたい。


実は今、リアルでもちょっとした転機の中にいます。今までのことを振り返って、これからどうしていくかを考える、そんな転機です。

人生を変えたい、という思いはずっと感じてはいるものの、切羽詰まらないとなかなか行動できません。そういう意味では、最近は「動かなければならない」環境に自分が置かれているので、人生を変えていく足がかりになるかもしれません。


人生を変えるにはまず考え方を変えろ、という人がいて。

人生を変えるのに一番意味がないことは決意を改めることだ、という人がいます。

後者曰く、変えるなら「関わる人」「時間配分」「環境」を変えろとの話でした。


どちらに納得するかと言えば、個人的には後者です。

今まで何度叶わない決意をしてきたかわからない。「意識を変える」ということはとても難しいと思うし、それでうまくいかないなら別の方法を試すしかないとも思うのです。


一方で「環境を変えるにはまずその決意をしないといけないよね」ということや「環境変わっても大して自分良くなかったよ」ということも感じています。

ううーむ、結局いま抱いているもやもやは何をしても変わらないのではないか?との思いも頭をかすめます。


そういう部分については、受容していくしかないかな。自分は自分以上にはなれないわけだし、誰かに助けてもらいながらやるしかないな。

00255_メンヘラ.jpに寄稿させていただきました『 統合失調症の陰性症状 「感情鈍麻」「思考の貧困」「意欲の欠如」「自閉」』

というわけで、書かせていただきました。


統合失調症陰性症状 「感情鈍麻」「思考の貧困」「意欲の欠如」「自閉」


http://menhera.jp/6837

 

今回の記事に限りませんが、書き上げてデータを提出するとき「この文章は本当に読む価値のあるものだろうか」と悩むことがあります。

本当に面白いか? 興味を持ってもらえるものか? 人を不快にしないか? などなど。


今までの文章がご好評を頂いている分、その思いは強まりました。

ましてや、エピソードとしては「寝てるだけ」「太るだけ」など、全然面白くないものです。

あからさまな奇行に比べて、興味も引きにくいだろう。

そんなことを考えておりました。

しかし、Twitterなどでわかり手さんを始め、多くの方々の感想を伺うと、少しずつですがポジティブになることができました。


自分の経験が、文章が、誰かの役に立っている。おもしろいと思ってもらえている。興味を持ってもらえている。


そういうの、とても嬉しいんです。承認に飢えてるんですね、きっと。


今後もまた、体験談を書かせて頂きたいと思います。

その時は、何卒よろしくお願いいたします。

00254_noteを

noteを始めたい、と思っています。

前にも書いたかもしれないけど、もう一度。


ある程度考えをまとめて文章にしたいと思っていて。

このブログでもいいと言えばいいんだけど、せっかくなので有料記事とか書いてみたいという思いがある。

一方で、このブログみたいに、支離滅裂を一筆書きするスペースも大切にしたいと思っている。ブログもしっかり更新していきたい。


いろんなことをしたくなるのは躁状態かしら。

体調を見つつ、できることはやっていかないとな。

00253_二年

10月1日で、ヤマカワラボラトリを始めて二年が経ちました。

その間、フリータイムずっと一人カラオケしたり、体調が悪くなったりと、本当に色々ありました。いやはや極端な人生だ。


自分の書く文章に、はたしてどの程度の価値があるのだろうか。

そんなことを思います。

好き放題、需要も考えず連ねている駄文、価値などということを問う方がナンセンスですよね。それはわかってるんだ。

でもね、いっちょまえに承認欲求ばかり肥大した私は「面白かった」とか言ってもらいたくなってしまうわけですし、あわよくばお金を頂戴できればなんて考えてしまうのです。

でもそれに伴う責任や批判を背負う覚悟はまだできていないんだ。だから今のふわふわした趣味書きが一番身にあっているとも言える。


話は変わりますが、最近人生について漠然と考えることが増えています。

「漠然と」なんてつくくらいなので、基本的に非生産的で、もやもや、ぶれぶれして終わる日々が積み重なっています。人生の消費、まさしく罪重なっているように思えます。

今までがんばったこともいやいややってきたことも、ほとんど全て挫折してきました。がんばることすらうまくできていなかった。

なんとか首の皮一枚でつながっているいくつかのものも「才能ない」「向いていない」という自分の内なる声に負けそうになっていて、実際最近では負けている時間が長くて、それでも生きています。かろうじて停滞、衰退で保っていて、潰えてはいない、みたいな。


才能ないことでもやらなければならないし、続けていく中で身につけられることもある。自分が何をしたいのか。何もしたくない、あえて言えば寝ていたい。そんな怠惰ではいけないよ。うるせぇねかせろや。


もう今更、自分の人生から「メンタルヘルス」を抜くことはできなくなっていると思うので、その道を自分の形で深めることができればとは思っています。そのほかにもなけなしの経験を使って、なんとか現世をサバイブしていきたいものだ。ゆるゆるやろう。

00252_手持ちの武器を育てる

新しいものばかりを追い求めない、という話。


すぐ現実から逃げたくなるのです。

現実が嫌だからかもしれないし、そうでないかもしれないけど。


「新しく資格を取ろう」

「新しく英語を勉強しよう」

「新しくプログラミングを覚えよう」


などなど。

新しいことをしようとやっきになるのです。

そしてそれ、ちっともやらないんですよね。


それよりも、今あるもの、今できることを強化する方がいいんじゃないの、と思ったわけです。


せっかくPSWの資格を持っているんだし、勉強を深めてみよう。

せっかく作曲が少しできるんだし、もう少し詳しく勉強してみよう。

せっかく少し文章が書けるんだし、もっと書いてみよう。


みたいな。

手持ちのスキルをレベルアップさせていくことも、きっと大切なんです。

もうある程度年齢も重ねてしまったし、新しいことを身につけるのは大変になってくる。

何をして、何をしないか、しっかり考えて生きましょう。

00251_生きている幸福

穏やかに生きていられること、それ自体を幸せだと思うことにする。


大きな成功も、身の丈に合わない理想も、到達しなくていい。

どうしても、大きすぎる妄想ばかりしてしまうから。

普通でいい。普通より劣っていてもいい。

そういう自分を認めていくことが大切。

何もない自分を認めて、そこから一つずつ積み重ねていけばいい。


今、生きていることは、幸福なことなんです。

ゼロのありがたみからスタートして生きましょう。