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ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00032_カッコつけ

カッコつける、ということについて考えてみたい。

 

私はカッコ悪い。
顔立ちやスタイルに恵まれたわけでも無ければ、身なりを整えようという向上心もほとんど持ち合わせていない。
上記のような外見的要素のカッコ悪さはもちろん、性格や思考習慣などの内面性もまたカッコ悪いのだ。
どうしても楽して贅沢したいとか考えちゃうし、一方で別に今気楽だから無理矢理がんばんなくてもいーやと成長に対して不誠実だし、そりゃあカッコよくなれるならなりたいけどがんばんなきゃならないなら面倒じゃな、とか思ってしまう。
何かにつけてお金がないことを言い訳にしているところもマイナスポイントだなと思う。

 

小学校高学年とか、中学生くらいの頃のことを思い出す。
あの頃というのは、割と誰でも自分をかっこよく見せようとするものだと思う。

 

自分が恐らく小学校5,6年生だったころだと思う。
自分の家族と母方の親族で小旅行に出たときのことだ。
夏休みの最後の大イベントではしゃいでいた私は、祖父からもらったお小遣いで売店で売っていたサングラスを買った。1000円程度の安物だが、当時の自分には「グラサン! かっけぇ!」みたいな高揚した思いがあった。
買ったサングラスを早速かけてみる。
世界が茶色に染まるのを、かけたりはずしたりしながら楽しんでいた。

 

意気揚々とホテルの部屋へ戻ると、サングラスをかけた私を見て叔母が言った。
「あら、サングラスいいわね。カッコつけちゃって」
たぶんこんな感じだったと思う。
その後私の母に
「あの子も茶目っ気が出てきたみたいね」
という話をしていた。

 

決して否定的なニュアンスではなかったし、叔母たちとは今でも仲良くさせて頂いているのだが、この時私は

 

「あんまりカッコつけるのって良くないのかなぁ」

 

と思ってしまった。

 

以前ネットの何処かでみかけた

 

「化粧に疎い女の子は、初めて興味をもったときに『あらまぁ! もう色気づいちゃって!』などと言われた経験があるから、化粧してはいけないんだという刷り込みがある」

 

というのと、少し繋がるのかも知れない。

 

そんな経験が影響しているのかどうなのか、あんまり自分はおしゃれとか、ヘアスタイルとかに気を遣わずに生きてきた。
男子にありがちな自分を強く見せようとすることなんかもなかった。
これは元々気弱な性格なのが現れているのかもしれないけど。

 

今となっては、服選びや整髪のセンスが全く磨かれずここまで年を取ってしまったことをひどく後悔している。

 

ありのままが美しい、という言葉もよく見るが、
そんな言葉が許されるのは子供のうちだけだな、と思う部分がある。
あるいは、精神面については自然体で在ることに価値があるかもしれないが、
こと外見、容姿の視点においては美しく手入れされたものの方に価値が宿るのは確かだと思う。

 

消化不良の青春がくすぶっている。
今でもかっこよくなりたいし。
人から好かれたいし。
できれば異性にモテたいし。
金だってたくさんほしいし。

 

いい年してるんだから、身の程わきまえて振る舞わなきゃいけないが。
歳のせいにして全てを諦めず、変えられるところは変えていかねばと思うのでした。

 

かっこよくなりたいね。