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ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00062_死にたい考察

今日もメンヘラ.jp様の記事のご紹介です。

 

menhera.jp

 

めんへらさんであれば一度は「死にたい」と感じたことがあると思います。
自傷行為、自殺未遂に及ぶ方も少なくないでしょう。
不幸にして、既遂となってしまう方だって、果てしなく多いのが現状です。

 

私自身、一時期は死ぬことしか考えてなかった時期があります。
自分の思考の大部分を占めるものだったにも関わらず、誰にも言えずにいました。
記事にあるように、本当に大事な人にほど、言えなかったのをよく覚えています。

 

こんなことを言うのも難ですが、自殺した弟からも、一度たりとも、冗談でさえも「死にたい」という言葉を聞いたことはありませんでした。
冗談でさえ言えないくらい、自分の中で重要な思いだったんだろうな、と思います。

 

以前ある人が、

 

「死にたい」という人は、本当に死にたいわけではない。
思い通りにならない自分、不本意に演じている自分を殺したいんだ

 

ということを言っていました。
「死にたい」人は、本当に死にたいのか。
他の解決方法は無いのか。
一時的な感情で永遠に命を放擲してしまうのではないか。

 

あらゆる問題は可能な限り具体的であり最小化されるべきであり、
最小の労力と最短の時間で解決されることが善、だと私は考えています。

 

わざわざ死ななくても、周囲の人間関係から逃げれば解決することもある。
わざわざ死ななくても、医療・福祉の支援を受ければ立ち直れることもある。

 

できるだけ多くの「死にたい」人が抱えている問題を、別の形で解決していきたい。
それが、弟の供養にもなるんじゃないかと勝手に思っている。