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ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00115_SEASONS

日曜日の朝から、自分にとって興味深いツイートを拝見したので載せたいと思います。

 

 

 

 全く自覚なく「貧乏でも仲間と楽しく暮らせたらOK」と思っていた自分には結構衝撃的なご指摘でした。

 

 「楽しさ」というのは、未来への課題に対する現実逃避になってしまうことがあります。

 

 将来視力が悪くなると思っていながら、ゲームやスマホをやめられない。

 勉強しなきゃと思っているけど、友達と遊ぶのがやめられない。

 肝臓に悪いのは重々承知なのだが、それでもあいつらと飲むこの日本酒は格別なんだよ。

 

 こういうのと同じ構造で「貧乏でも(未来への課題)仲間と楽しく暮らせたらOK(現実逃避)」と言えるような気がします。

 

 なかなか難しい問題だなぁと感じます。あまり綺麗にはまとまりませんが、「未来」と「現在」の関係性という話に落ち着くのかなぁと思います。

 

 現在楽しく暮らせるけど、未来は暗い。

 これはやっぱり正解じゃない気がします。

 

 一方で「明るい未来のために、現在の苦境を我慢する」こともあんまり正解っぽくない気がします。

 いわゆる禁欲的な勉強、訓練、節制など。

 

 理想になるのはやはり「今日がとても楽しいと 明日もきっと楽しくて そんな日々が続いていく」(引用元:浜崎あゆみ『SEASONS』)だと思います。ちなみにこの歌が「そう思っていたあの頃」と締めくくられるように、そんな状態は続かないことが多いようです……。

 

 またつまらない結論になってしまいますが、「未来」寄りな行動を取るか、「現在」寄りな行動を取るかをその時その時で見極めながらバランス良く生きていくのが必要、と思います。

 もちろん若者ほど未来が長いので未来寄りな行動を取るメリットは大きいでしょう。敢えて言えば、老い先短い年長者たちが未来よりな行動を取ることに関しては、ご自身に対するメリットは小さくなるはずです。どうせ10年後に生きてるかはわからんし、それなら今好き放題やるわ、的な。そう考えると、少子高齢化の進んでいる現代日本で、高齢者の現在のために若者の未来を搾取すると言われる風潮もわかる気がするし、そういう「現在」寄りな振る舞いの高齢者に感化されて若者が「現在」寄りになるのもわかる気がします。将来年金がもらえるかわからんし、納める必要なくね?みたいな。

 

私個人としては、「未来」と「現在」のバランスを取るためにこんな考え方をするといいかなぁと思っています。

 

・人生は「楽しさ」を「出来る限り長く」感じるものとしたい。

・「現在」の楽しさが「未来」への現実逃避になっていないか点検する。

・一方で「現在」が楽しくないと「未来」に対して悲観的になりすぎる、行動できなくなる、病気になるなど、結果として「未来」まで損なう場合がある。

・そしてまた「未来」が明るいと考えることで「現在」に対しても余裕が出てくる。

・最低限の「現在」の楽しさを確保した上で、その楽しさに甘んじず、「未来」を考えていく。

 

 人によって色々考え方はあると思いますが、私はあまり難しいことは考えられないし、それでいてよくばりだったりするので、今から死ぬまでずっと楽しかったらいいなと思っています。「幸せは続かない」ということが現実だったとしても、そんなことないかもよ、と考えられたりとか。

 「幸せは続かない」ということが「そう思っていたあの頃」となるように考え方を変えていくことができたら面白そうかなぁと妄想します。今日は久しぶりにSEASONS聞こうかなぁ。