ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00158_第一話『山川町のひとたち』

山川町は田舎だ。
自分の中にいる人たちと会話するだけなら、「山川市」でも良かったはずだ。
それでもあえて「山川町」を選んだのは、きっと自分の中を振り返る時に見えてくる景色が田舎だからだろう。

 

山川町には、山と川がある。
夏にはみどり色、秋にはあかね色。
「自然の美しさ」を売りに町おこしをしたいけれど、山川町にあるような自然は実は日本中どこにでもあるので、なかなか価値が生まれなかった。

 

町長も議員さんも観光で売っていきたいけど、うまくいかなくて頭を抱えている。だいたい山川町もご多分に漏れず少子高齢化していて、税収は悪化の一途を辿っているのだ。

 

「どうしたら良いんでしょうねぇ、ヤマカワさん」
町長に聞かれた。筆者も頭を悩ませる。
「町長はこの町をどんな町にしたいんですか?」
問うてみた。もとより結論を求めるつもりもない。
「税収を上げたいのか。福祉を充実させたいのか。農業を発展させたいのか、観光を発展させたいのか。たぶん色々あるんでしょう?」
軽いつもりで聞いてみた。筆者の悪い癖の、意地悪い笑みがこぼれてしまう。
「そうですねぇ」
町長も苦笑した。若造が偉そうに語るのを、あざ笑う気持ちがある一方、可愛いやつだと思ってくれている、かもしれない。
「町民の皆さまが、幸せになるようにしたいですね」
嬉しそうに、寂しそうに、言う。

 

「万感の思い、ってやつですかね」
筆者は意地悪く聞いてみることにした。
「町民の幸福、を願うのは首長さんとして当然だと思います。そのレベルまで抽象化しないと、自分の町の持って行きたい方向が見えないんですか?」
町長は表情を変えない。そりゃそうだ。
若造が多少意地の悪い質問をしたくらいで動揺するようでは、町長など務まらない。
「そうだね」
だが、口調は少し改まる。
「確かに、抽象的な話になる。しかし、政治というものは常に具体的な決断を求められる。観光を推したい、そのために予算を増やすとなれば、農家の皆様からは反感を買う。逆に農業振興のために予算を使えば、観光協会はそっぽを向くだろう。」

 

なんとなく、筆者も話が面白くなってきた。

 

「それにこの町は農業と観光だけで成り立っているわけではありませんしね。建設だって畜産だって教育だって情報産業だってやっている人たちはいます」
筆者が言うと、町長は深く頷いた。
「もっと言えば、働いている人だけでもありません。子供もいればお年寄りもいます。病気や障がいで働けない人だっています。男性も女性も、従来の区分で整理しきれないセクシャリティの方だって、きっといます」
「左様」
一言重い言葉を言った。アニメに出てくるかみなりおやじみたいだな、と思った。
「私の仕事は、色々な人がいる中で、その人たちのためになることをしていくことだ。あれがしたい、これがしたいとお互いに利害関係にある人たちを『まぁまぁ、とりあえず今はこうしていきましょう』と収めて、なんとかやり過ごす、という仕事だ」
「なんか妙に生々しい話っすね」
言ってしまってから、あぁ失礼な態度を取ってしまったと反省する。
こちらのバツの悪さが伝わってか、町長も小さく笑った。
こういう表情のおじさん、好きだなと思う。

 

「私はね」
町長が言った。本音が出る、と直感した。
「元々父が町会議員をやっていた」
筆者は何も言わない。続きを聞くことにした。
「誰でもそうかもしれないが、父は凄い存在に見えていた。もちろん子供の頃は怖くもあった。ただなんとなく『自分も父のように地元のために働く政治家になるんだろうな』と考えていた」
「もちろん詳しい話なんて何も知らなかった。周りの人たちが『町長の家のお子さん』なんて言う言い方をしたり、チヤホヤしたりするから、なんとなく気分が良くもなったりしていた」
「父がしている仕事はすごいのだ、と思っていた」
「成長するに連れて、父の仕事が、自分のイメージとは違う意味で凄いと気づいた」
「父は賢かった。だがそれは、狡猾と呼ぶ方がしっくりくる賢さだった。時に人を騙し、時に人を裏切り、時に人に騙され、時に人に裏切られながら、仕事をしていた」
「時代のせいもあるが、今では大きなニュースになってしまうような非倫理的な手段を使っていたこともあった。」

「そういうお父さまを見て、幻滅したりしたんですか?」
答えは分かっているが、聞いてみる。
「それがね、ふしぎとそういう思いは無かったのだよ。『人間とはこういうものだ』『政治とはこういうものだ』と認識した。事実、清濁併せ呑むことで、あの時代の父はとても上手く街を発展させた」
「なるほど」
「妙に冷めてもいた。妙に熱血漢でもあった。何というか、一言で表せない男だった」
「お父様の偉大さが、プレッシャーになったこととか、ないんですか?」
また意地の悪い質問を投げる。
「確かにあったさ。進学にも、就職にも、すべて『オヤジの名前』が付いてきた。俺はいつまでたっても『オヤジの息子』に過ぎなかった。悔しいけど、いつまでも子供だった」
返す言葉が見つからなくて、筆者も少し黙った。
「……大変ですね。なんとなく」
「そうだな。あまり思い出したくはないな」
町長が顔をしかめた。この人がこんな表情をするのは珍しい。
「こんな風に意地が悪いことを言って申し訳ないんですが、町長が若い頃感じたプレッシャー、今お子さんたちが感じてたりする、なんてことはありませんか?」

町長が眉を潜めてこちらを見る。機嫌を損ねたのはわかるが、さっきほど申し訳なくは思わなかった。
「あるかもしれんね、それは。だが、乗り越えて貰わなければ困る。そしてそのために私が出来ることなどない。自力で上り詰めてほしい。ただそれだけだ」

これ以上この話をするのは止めにしよう、と思った。
町長を怒らせてしまいそうだし、筆者もそろそろ眠くなってきたし。

「町長、今日はありがとうございました」
「いえ、ヤマカワさんと話せて良かったよ。またいつでも来てくれ。面白い政策の案とか出てきたらいつでも声かけておくれ。あと税金しっかり納めろや」
最後のは余計じゃないか、と筆者が苦笑する。
「わかりました。ではまた会う日まで」