ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00230_先生と助手その2

先生「行き詰まってしまったな……」


助手「最近そういうため息、増えてきましたね」


先生「どうしても、頭がうまく回ってくれなくてね」


助手「以前は色々な考えがどんどん湧き出ていたじゃありませんか」


先生「そうなんだよ。今では思いつくことも少なくなったし、どれも非現実的に思えてしまう」


助手「世界が色褪せて見える、とよくおっしゃいますものね」


先生「これが正常なんだ、と自分に言い聞かせているんだよ。あの日からしっかり薬を飲んでいる。非現実的な妄想に囚われることも少なくなった」


助手「でもその分、人生の面白みも減ってしまったと、そう嘆いていらっしゃるのでしょう?」


先生「そうなんだ。社会的に見ればこれが正しい。大人しく過ごし、人に迷惑をかけない生き方だと思う。意思疎通だって、相手を思いやりながら進めることが出来る」


助手「そうです。間違いありません」


先生「そんな自分がとても悲しくもあるんだ。現実があまりにも無味乾燥していてね。なぜ生きているのか、と虚しくなってしまうこともある」


助手「だから、本当は薬を飲みたくないのでしょう?」


先生「そうだ。だが、私は社会的でなければならない。私は生きなければならない。たとえつまらない人生でも」


助手「えぇ。つまらなくとも、苦しくとも、私たちは生きなければなりません。そのために精神を安定させる、そういう意図の服薬です」


先生「そうだ、その通りだ。だがね……」


助手「どうぞ、好きなようにおっしゃってください」


先生「苦しい。これはあまりにも酷い仕打ちだ。もはや人生に希望はない。希望なき人生を希望なく生きて希望なく潰える宿命と知って、いったい誰が前向きになれるだろうか。私にはもう研究を続けていく魂が無くなってしまった。それでもこの研究室から出ていくことはできない。これが私をもっとも長く生きながらえさせることは自明だからだ。私は生きるために、感覚を殺すことを選んだ。だから今、能面のような表情で、人ごとのように自分の無力さを嘆いている。自分の人生が暗くなるという絶望さえ、どこか遠くにあるんだ」


助手「では、妄想の世界に帰りますか?」


先生「いや、そういうわけにもいくまい……」


助手「受け入れていくしかないんです。妄想は、現実ではありません。」


先生「そうだな……そうだ……」


助手「はい、今日の分のお薬です」


先生「あぁ、ありがとう……」


〜完〜