00245_第十話『山川町のひとたち』
待ち合わせ時間より五分ほど早く駅に行ったら、先輩はすでに待ちくたびれている様子だった。
「お待たせしてすみません」と筆者が言うと、
「いやいや、俺も今来たところだから、気にするな」と笑顔で返してくれた。
優しい先輩だ。その優しさのせいで疲れてしまったりしたんだろうな、と何となく思う。
筆者と先輩は駅前のチェーン店の居酒屋に入った。
とりあえず二人前のビールと、串焼きの盛り合わせを頼む。
「お前は相変わらずだな」
先輩が言った。
「そうですね。先輩は少し痩せましたか?」
筆者がそう言うと、先輩はまた笑顔になる。どちらかと言えば、戯けたような表情だ。
「そうだな、ちょっと最近色々あってな。気づいたら5キロ痩せてた」
「大丈夫ですか? しっかり食べれてないんじゃないですか」
「まぁ、な。人生、食べ物がのどを通らなくなる時だって、あるさ」
謎の悟りだ。そんなところへビールとお通しが運ばれて来た。
「今日くらいいっぱい飲み食いしましょ」
筆者が言う。何とか先輩に元気になってもらいたかった。
「そういえば先輩ホッケ好きでしたよね。頼みましょうよ」
「あぁ、そうだな」
「あと、だし巻き玉子もいいっすか? 俺が食べたいんで」
「あぁ、いいよ」
何となく、先輩の返事は上の空のように思えた。
心ここに在らず、心配事がよほど心配なんだろう。
「そういえば、最近同期の奴から結婚式の招待状が届きましたよ」
「へぇ、そうなんだ」
「これで俺ら学年の男は俺以外みんな結婚したことになりますね」
「そっかぁ、まぁおまえらももう三十過ぎだしなぁ」
「先輩はどうするんですか? 結婚とか」
「あぁ、多分俺には無理だよ」
「そうですかね、先輩ならとってもいいパパになりそうじゃないですか」
「いやいや、俺にそんな責任ある立場なんて、なれねぇよ」
「そうですかね……まぁ、俺も人のこと言えないんで」
「ヤマカワは結婚したいの?」
「んーまぁ……こればっかりは縁ですからねぇ。良い人がいれば」
「お前、そんな悠長なこと言ってる歳でもないだろ」
「そうなんですけどね。多分先輩と同じですよ。家庭持てる自信がないって言うか」
「理想が高すぎるんじゃない?」
「先輩に言われたくないっすね」
冗談まじりで言ったら、先輩がリラックスしたように笑った。
「人と付き合うって、難しいよな」
「女性となればなおさら、そうですよね」
「友達づきあいだって、会社での人間関係だって、似たようなもんさ」
「難しいですか?」
「難しいよ。相手に合わせて自分の考え変えたりとか、言いたいこと言えずに黙っちゃったりとか、行きたくないところに行かされたりとかさ」
「難しいと言うより、辛いって感じですね」
「あぁ、そうかもしれん」
「そんなに気を遣わなくていいんじゃないですか?」
「今更変えるって厳しいよ。『何こいつ、急に愛想悪くなって』とか思われそう」
「ですかね。まぁ俺も自分をなかなか変えられなくて困ってるんですけど」
「結局、臆病なんだよな。何かにつけて」
先輩がそう言ったところで、串焼きの盛り合わせが運ばれて来た。
ホッケとだし巻き玉子も注文した。
「もう、ある程度は認めてくしかないんでしょうね」
「そうだな。自分の嫌なところも含めて自分だしな」
「もっと良いところ見て行きましょうよ。先輩のこと、俺は結構好きですよ」
「ありがとな。相変わらずお前は優しい奴だな」
「その分ストレス溜め込みやすいんですけどね。先輩と同じですよ」
「そうだろな。無理すんなよ」
「お互いに、ですね。さ、ホッケあったかいうちに食いましょ」
「おぉ、うまそうじゃん」
先輩は目を輝かせてホッケに箸を伸ばした。
先輩の悩みは、きっと何一つ解決していないと思う。
それでも今、うまそうにホッケを食べてる先輩はいい顔をしている。
それを見て筆者も安堵した。ねぎ間の串が旨い。
きっと、解決しなくても、方向性が見えなくても、話すと言うことが大事なんだろう。
一人で抱え込んだって、悩みは加速するばかりだ。
感情はいつまでも抑え付けられない。どこかで発散させなきゃ心が壊れる。
そう言うこと、自分も忘れないようにしたいと思う。