00405_たたかいのレトリック
ケンカとか、争いごとが苦手です。
それだけならまぁ良くある話なんですが、こじらせて「勝ち」「負け」とか出来ちゃうのもなんだかなぁ、と思う部分が少しでてきました。
たいていのことだったら「まぁいいじゃん、仲良くしようよ」で片づけたいという思いがあります。
でもそれも、現実を見ていないというか、浮世離れした話だとも思うのです。
数の大きい小さいは非常に明確だし、強い弱いも結構分かりやすいし。
強い方が生きやすいし、弱いと生きづらい。
そんな言うまでもない当たり前から目を背けて、かえって生きづらくしている、そんな気がする。
もっとうまく戦えるようになりたいと思う。
戦いもまたコミュニケーションの一種だと考えれば、もっとうまくコミュニケーションがしたい、そんな風にも表現できるかもしれない。
ケンカはよくない、そんなことを教えられて、あるいは自分でも言って。
結局、「ケンカは悪くない(良い)」という世界観になると、ケンカが苦手な自分は損をする。やっぱり「ケンカはよくない」方がいい。その方が自分が生きやすい社会だと思う。
もっと腕っぷしが強かったり、饒舌に主張できたりする人間だったら「ケンカ、そこまで悪いものじゃない」という価値観になっていたかもしれない。その方が生きやすかったのかもしれない。
だってたたかいは色んな所に転がっている。
お金を稼ぐために動くのだってたたかいだし、人から好意を得るためにすることだってたたかいだし。こうなると、他者を押しのけてする自分の意志の実現はすべて「戦い」になるような気がしてくる。
できる限り戦わずに生きていきたい。でもそれは現実的ではない。
現実を強く生きていくために、「たたかい」をうまくやっていけるようになりたい。
言いたいことをちゃんと言ったりとかさ。欲しいものをちゃんと手に入れたりとかさ。