ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00406_方法論

方法論を確立させたいという思いが色々なジャンルにおいてあります。

例えば文章書き。例えばコミュニケーション。例えば作曲。例えば勉強。

「あ、これをやればいいのね。準備するものはこれで、手順としてはあーしてこーしてこう!」

みたいな見通しをバシッと立てられるようになりたい。

文章もコミュニケーションも作曲も勉強も、とにかくふにゃふにゃと取り掛かって何となくやっているうちに成功or失敗(多くの挫折含む)になっております。

 

確立、ちょっと具体化すれば言語化、かしら。

自分がやってることの言語化、全然しないでここまできたなぁ。

「とにかくやれ! 時間を掛けろ! 金を惜しむな!」

くらいしかない。

なんでこう、こういう時の口調が昭和のラーメン屋のおやじなんだろう。

自分を罵ってくるときのJKと言い、なんかこうキャラが画一的だし、造形が甘い気がするな。

 

それはさておき。

方法論の所に話をもどして。自分はいつもどんなふうにブログを書いているかなぁと思い出してみます。

このブログの文章は本当に一筆書きというか、勢いに任せて書いてます。

推敲もしない。書いたらすぐ公開する。

話がそれるのは大いに結構としている。

最初にタイトルを決めて、それについて書いては見るけれど、割と早い段階で全然別の話になってしまう。正しい文章と言うか、どこかに掲載するような文章ではまずいけど、ここのブログならいいか、みたいな感覚。

 

ある意味、文章を書いているというより、独り言をつぶやいていると言う方がしっくりくるかもしれない。本当は誰かとしゃべっていると書きたかったけど、一人だしな。脳内の人との会話とか言い出すといよいよ統合失調してる感じがはなはだしくなってくるな。

 

本当に、無を考えて無をタイピングするようなブログ記事ですけど、なぜだか心の健康に寄与している実感があります。無でもいいからアウトプットすべきなんだな。ネットとかメディアとかの意図的な情報収集でなくとも、われわれ日常の中で無限に近い情報をインプットしているわけで。バランスをとるためには書き出したり人と話したりするのってとても大事なんだよな。

いや、本当にアウトプット大事で、私が前の職場で病んだのはコミュニケーションが圧倒的に不足していた、と言うのが大きな原因だと思っている。だって事務的な話しかできなかったし、冗談話とかまったくできなかったし、上司に話しかけるの苦痛で10分とか「どうしようどう伝えよう……」って頭の中がぐるぐるしていて、そりゃあ発狂もするわ、という感じでした。そういう状況に自分を追い込んだ原因は私自身にも多分に責任があるのでそこはもう猛烈に反省すべき点なのですが。コミュニケーションが枯渇して社会的に閉ざされると人間本当につらい。そりゃ死にたくもなるわ。

 

なので、これからは積極的に人と関わっていきたい。外へ出ていきたい。調和を大事にしたい。

これはこれで「どこまで自己主張するか」「自分を押し殺しすぎないか」という所ともつながっていくんだけれど。日々実践ですな。現在、現実の最先端で試行錯誤するしかないのな。