ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00197_第六話『山川町のひとたち』

筆者が駅に向かうバスを待っていると、おばあさんがやってきた。
「あらあら、ヤマカワさんじゃない」


ご機嫌な様子で、ゆっくりと話しかけてくれた。
「あぁどうも、こんにちは」
筆者も笑顔で返事をする。特に今までお世話になっていたわけでもないのだけれど、よく道端で話をしてたおばあさんだった。

 

「最近お元気かい?仕事はどうだい?」
おばあさんの質問はいつもと変わらない。
「まぁなんとなくやってますよ。あんまり無理なくやれてますし」
筆者も笑顔で答える。本当はちょっと無理してるとか、そういうのは、こういうときは、どっちでもいいことなのだと思う。
「あらそう、よかったわねぇ」
おばあさんも、そんなに深いところまでは気にしない。

 

バスが来た。ほとんど人の乗っていないバスだ。
話の流れもあり、おばあさんと筆者は揃って一番後ろの座席に座った。
「おじいちゃんはどうだい? 元気してるかねぇ?」
おばあさんは、筆者の祖父について聞いてきた。
「おかげさまで何とか。ただ、認知症とか進んできてしまってるみたいです」
筆者としてはあまり言いたい話題ではなかったけれど、出来るだけ抑揚をつけて、会話に飽きていることを悟られないように話した。

 

「おじいちゃんはねぇ、若い頃とってもすごい人だったのよ」
はぁ、と浅い返事をする筆者をよそに、おばあさんは話を続ける。

 

私も若い頃、あなたのおじいちゃんと一緒に働いていたことがあったのよ。あなたのおじいちゃんはね、一生懸命しごとをしていたのよ。町のみんなからも信頼されていてね、いっつも笑顔で面白い人だったわ。それでも物事をうやむやにしないで、白黒ハッキリさせたいひとでもあったわね。考えが違うひとも出てくるんだけど、そういう人たちとケンカしても、なぜかすぐに仲直りしちゃうのよね。

 

「だから、あなたもがんばりなさい」

 

ひとしきりしゃべり終えて、おばあさんは唐突に筆者をはげました。
とりあえず、笑顔で返事をしておく。曖昧にはなってしまうけど。
「あなたもそろそろいい歳でしょ? 結婚するの?」
こういう質問をされるたびに、返事に困ってしまう。
「一人でいるより、誰かと一緒にいる方が活きる人だと思うわよ、あなたも」
おばあさんは笑ってそんなことを言う。

 

病院前のバス停でバスが止まる。おばあさんが「あら、もうついちゃったわねぇ」と言う。
「それじゃあね、ヤマカワさん。ヤマカワ家の未来は、あなたにかかっているのよ。おじいちゃんにもよろしくね」
適当に人に未来の責任とやらを乗せて、おばあさんはバスを降りていく。

 

おれそんなに大した器じゃないんだけどなぁ。
ご先祖に頑張られてるとプレッシャーだよなぁ。

 

そんなグチを思い浮かべながら、筆者は駅に向かうバスに揺られている。
自分、本当に、誰かと生きることができるのかなぁ。
もう呆けてしまい、筆者の名前も忘れてしまった祖父に、聞いてみたいと思った