ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00615_2023年

久しぶりにブログを開いたらまだ年頭記事を書いてませんでした。何と言うことだ。

もう下旬ですよ。2023年、と入力することにも少しずつ慣れてきました。

 

今年も健康を維持できるといいなぁという気持ちです。

初詣のお守りも健康長寿のものを買いました。

心身の健康が何より大事です。

 

そういえば今年のおみくじは大吉でした。

そんな予感はしていた。いい年になるぞ今年は。

ただ健康欄は「ストレスから出る病気に注意」という、あまりにもジャストミートな注意を受けております。やっぱりストレス対処が大事だ。気を付けよう。

 

ここ数年、色々なイベントがあり環境が変わることが多くあったように感じています。

世間的にもコロナ禍でだいぶ環境が変わったしね。

そろそろ、あわただしい日々を落ち着けて穏やかな日常を送っていきたい気もする。

うーん、でも去年までも結構日常を大切にしてきたような。何とも言えないか。

 

メンタルを崩してからここまで来れたのはどうしてだろう、と思い返すことがあります。

自分が大きく変わったか、というと、そんなに変わっていないような気もする。

積み上げれば本当に色々なことが変わったと思うけれど。

変わったというより、付け加えられたという方がしっくりくるかもしれない。

 

あぁでもやっぱり、食わず嫌いしていたようなものが好きになったりすることもあったか。

考え方の転換はあったかもしれない。

 

人と協力する大切さ、みたいなのはその中でも特に大きな変化だと思う。

もともとそういう気持ちがなかったわけじゃないけど、その気持ちが強化されたというか。

これからも、うまいこと人を頼りながら生きていけるようになりたいですね。

 

00614_2022年の雑感

みそかですね。あっという間に2022が終わります。

2022って字の並びが割と好きでした。

2023は素数かなと思ったら普通に7とかの倍数だそうです。

素数の年が次来るのは2027年だそうです。ちょっと先だな。

でもそのあと2029年も素数なので双子素数なんだって。

何でも出てくるインターネット凄いな。

 

それはさておき、2022年も本当に色々なことがありました。

一つ大きな区切りとなる出来事がありました。

今年の初めの自分にその話をしたとしても、ちょっとびっくりしちゃうであろう話。

今の自分でさえ、まだ十分に自覚できていないような気がしてきてしまいます。

 

来年のことはまた明日以降書くとして。

今年はこれまで積み重ねてきたことの集大成だったような年でした。

仕事にせよ趣味にせよ、だいぶ安定して成果を出せるようになってきたと思う。

楽しく過ごせる時間の割合は大きくなっていたんじゃないかと思います。

今の環境でできることはやり切ったという想い。

 

ただ、それだけでは自分も変わっていかないよね、という思いもあり。

来年は大きく環境を変えます。

せっかくの機会なので、その他にも気になっていることに手を出し始めてもいいのかもしれません。

自分を良くしていくためには環境を変えることからやるべきだと思う。

 

とはいえもちろん変えずにおきたい部分もあるわけで。

そういう部分にリソースをちゃんと割いて過ごす。

 

もっと時間を有効に使っていかないといけないなと思う。

やりたいことが多いのに、体力も時間も限られている。

効率的に色々なことができるようになりたい。

やることの優先順位付けをするなどしたり。

 

これまでは結構行き当たりばったりでやって来たように思うので、

来年からはもうちょっと計画的に生きていけるようになりたいですね。

00613_チャットAI

イラスト方面では夏頃から話題になっていたAIですが、最近はチャットに関しても出てきていますね。ChatGTPかな。

Twitterで見ているだけですが、かなり良くできているなという印象。


あれだけよく返答してくれるのであれば、個人的な相談事をすると言う人も増えそうに思います。

人に話すのは憚られるけど、AIなら、みたいな。

自分自身、一瞬そんなことを考えたんですけど、以前どこかで見た

「運営が情報収集していたり、返答によってその人の行動を支配したりしようとする」

みたいなことを思い出して、ちょっと思いとどまりました。


情報収集なんて、今の時代スマホを持ってるんだからどういうやり方で収集されてるかなんてわからないよねぇ、みたいなことも思いつつ。

小市民がそんなことまで神経質になっても得るものあんまりないよな、みたいな事も思いつつ。

まぁそれなりの葛藤はある形ですね。


AIじゃなく人間とコミュニケーションしていても、行動が変わっていくことはよくあることで、カウンセリングとかはむしろそうすることを目指していくものですしね。


面白いと考えるか、怖いと考えるか。

テクノロジーの進化は止まらないと思うので、慣れて行かないといけないだろうなと思う。

自分がどう思うかに関わらず世の中は変わっていくし、新しいものはどんどん出てくるし。

学んで取り入れていきたい。しかしスピードが早すぎるな。

何を学ぶかは選ばないといけない。

 

 

00612_勤労感謝

勤労感謝の日だそうです。

勤労に感謝する日なんだけど、祝日に感謝するよな。

休みでありがたい、と言う感じ。


とはいえ本旨の通りに「働けることがありがたい」と言う気持ちは割と感じている。

まともに働けなかった体調不良の時期を思えば尚更だ。

今働けているのが奇跡のようにさえ思える。

運がいいのと、周囲に恵まれているおかげだと思う。

本当に感謝である。ありがとう、ありがとう。


とはいえ「自分の仕事って本当に役に立っているんだろうか」と言う思いになる事も多い。

結果の見えにくい仕事でもある。

正解のない仕事、と言うことだけが確実。

あんまり意味を追いかけすぎると答えが出なかったり辛くなったりしそうだから、何かをして会社が給料をくれればそれでいいような気もする。


そんな風に思えるのは、今が幸せだからなのかもしれない。

別に疑問を抱く必要がない。

「なぜ働くのか」なんて考えるのは、仕事や生活に不満があり考えざるを得ないから、なのかもしれない。


勤労に感謝するという考え方はいつ頃からできたんだろうなぁ。

別に知らなくてもいいけど。ググれば出てくるけど具体的な知識が欲しいと言うわけではなくて、思いを馳せたいだけ。頭の中で気持ちいい妄想が駆け巡るのが好きなだけ。別に現実や歴史はどうでもいい、みたいな。


勤労に感謝するという考え方は、働かせる側にとって都合がいいと言うのはそうだと思う。それが搾取につながったりとかも全然あると思う。とはいえ働けるありがたさは感じたいですね。働ける健康がある、働ける意欲がある、働ける環境がある、やることがある、と言うのはとてもありがたいことなのだと思う。

00611_10周年を前に

最近は色々なことが忙しく、なかなかこちらのブログ更新もできておりません。
もし楽しみにされている方がいたら申し訳ないです。
自分の中での大きな転換点にいるなという感じがします。
それでも、昔に比べればだいぶ固まってきたとは思っています。
動揺しづらくなっていることもある。

 

来年の1月で、統合失調症になってから10年が経過します。
10代や20代前半の10年と比較しても、かなり情報量の多い10年だったと思います。
急性期から始まり、復職して再休職して、専門学校に通って転職して。
間に弟が亡くなったりもしましたしね。引っ越しなども多くありました。
メンタルヘルスに関する国家資格を二つ取りました。

 

色々なことがあった。いろいろなことが。
割とすぐに「これまでの総括」「今後の展望」みたいなことを考えたくなるんですけど、今の境遇はいつにもましてそれを強めますね。

 

ある統合失調症患者が過ごした10年、なんてタイトルで文章にしたら面白そうな気がしなくもない。と思いつつ、色々と書けないことも多そうだなぁと思います。

 

とはいえ1月は自分にとってもかなり苦手な月なので。
無理せず生き延びることを優先します。

00610_生活を回す

皿を洗う、洗濯をする、ゴミ出しをする、買い出しをする。

そんな生活回しを楽しめている今日この頃。

こう言う日々のさまざまを楽しめることが充実した人生のコツなんだろうな、なんてちょっと大きなことを考えてしまう。

洗い物の合間にサブスクのヒットチャートを流して、最近の音楽を勉強する。

掃除ももうちょっとできたらいいのになぁと思いつつ、掃除はなかなかできないので出来る生活回しにも種類があるんだろう。


資格の勉強とか創作活動とか、そう言う特別な何かをしているわけじゃないし、生活を回しているとそう言う時間が減ってしまうとも思うんだけど。


きっと、あんまり自由時間が多すぎても何もできないなと思う。

必要な制約とか関係性とかがないと、自由ばかり多くても持て余してしまう。

そんなことをよく思う。


なんて思いながら記事を書いていたら洗濯が終わった。次はタオルを漂白したい。

定期的に漂白しないとニオイが気になるからね。と言うことで記事を書くのを止めて洗濯物を干して、タオルの漂白を始めました。完全に筆者の自己満足になっているな。まぁ最初からそうか。


時間を有効活用しよう、という考えに異論はないが、有効活用した先に何があるんだろう、と言う気持ちになることはある。食洗機で洗い物を時短して、ファスト動画であらすじだけ押さえて、マクロで仕事を効率化して。いや、どれも悪くないと思うし、合理的だと思うんだけど。合理的なだけではスピードが上がりすぎて息苦しかったり、うまく成り立っていたバランスが失われてしまったりすることもあるのかな、なんて思う。

まぁこんな思いが独善的で時代の進化についていけない発想だ、と言うのもわかる。時代について行かねばなぁ。

00609_変化

今日も徒然に綴っていきたいけれど、とりあえずタイトルは「変化」とした。

いろいろなことを考えた挙句、最初にこれを書こうと思ったのは変化についてだったからだ。


歳をとったせいか、過去を「まとまり」として見ることができて、その期間が長くなってきているような気がする。

学生時代は本当に1日1日とか、一週間単位くらいでしか感覚できていなかったものが、最近は年単位で「最近」と思えたり、身近に感覚されたりする。

人生はつながっているのだ、と言うあまりにも当たり前の事実をようやく内実を持って感じ取ることができている、みたいな感じ。

そんな感覚の変化もあるし、人生のつながりの中で節目があって変わっていくことももちろんあると感じるわけで。

30代も半ばに差し掛かる人生で、それなりにいろいろな環境に身を置いてきたと思う。

あれだけしんどかった過去が綺麗に濾過され、美しい思い出になっていくことも多い。「もうあそこには戻りたくない」と強く感じてきたことさえ、今では「頭ではそう考えている」くらいの体感に変わってきている。実際に行ったらまた「もう二度と嫌だ」と心から思えることだろうけど。


嫌なことを忘れて都合がいい事だけを思い出として記憶に残せる、と言うのは実は結構幸せなことなのかもしれない。「あの頃は良かった」と今も回顧するそれぞれの時期にだって、相応に悩ましいことはあった。結局都合よく記憶され、都合よく生きていっているんだと思うし、それはきっと人生を楽にしてくれていると思う。


周りを見ていると、こういう体質は稀有なのかもしれないと思う。

イライラしたり怒っていたり不安だったり、と言う人は多く見える。場合によっては自分もそう見られているかもしれないけど。


今の環境が恵まれているから悩まなくて済むだけだ、と言うことももちろんある。自分の手で築いたと言うよりは、生まれついた場所や偶然流れ着いた場所として今があると思う。仕事も趣味も人間関係も。


そういえば「第二志望くらいに落ち着く方が人生楽しく生きられる」的なことを思っている節もある。高校時代に希望していた部活に入れなかった時、第一志望校に入学できなかった時、よく知らない業界に飛び込んで仕事を始めた時、そんな「思いもよらなかった」「思い通りにならなかった」と言うところから、想定外の幸福を享受した、そんな経験は結構多い。どのピースが欠けても今に至らなかったと思うし、そう思えるくらいには今が幸せなんだろうなと思う。

もちろん今後もいい時ばかりではないと思うが(現在進行形で十分色んな問題を抱えて泣きそうになっているけれど)、今後も幸せに生きていけるといいなぁ、と思う。