ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00162_第二話『山川町のひとたち』

山川町にも夏が来ている。

田舎らしい夏だ。蝉の鳴き声が聞こえる。

 

この時期になると、毎年山川町でも祭りが行われる。

屋台が出て、お神輿が出て、花火が上がる。

町のみなさんがとても大好きなお祭りだ。

 

筆者がお祭りの会場を冷やかしに行ったら、浴衣姿の女の子に声をかけられた。

「あ、ヤマカワさんこんばんは!」

普段はストレートで下ろしている長い髪が、今日は綺麗に結わえてある。

気合を入れて、美容院にでも行ってきたのだろうか。

「おー、久しぶり。大きくなったね」

筆者も返事をする。昔よく親戚のおじさんとかから言われていたことを、自分が言うようになったのだなぁと思う。

「もう身長はほとんど伸びてないよー。高校入ってからずっとこのままだけど、会う度に『大きくなったね』って言うよね?」

この娘もなかなか鋭い。適当な受け答えをしていると即座に見抜かれてしまうなぁ。

自分としては適当なわけではなく、自然に口から出たことを言ったのだが。

「あ、もしかして身長じゃなくて別の所の話?」

目を平らにして彼女がこちらを見る。

「まぁ胸なら人並みには大きくなりましたよ、うん」

「いや、そういうことを言いたいわけではなくてだねぇ」

こちらの話も聞かず、彼女は「人並み」の胸を張った。

筆者には「人並みの胸」ってもう少し大きいのかと思われたのだが、彼女が人並みと言えば人並みなのだろうと思い、突っ込まないことにした。

 

「今日は友達と来たの?」

話を変えてみる。

「んー……まぁ、友達と」

彼女は少し目を泳がせた。ので、少し察してあげることにした。

「それはもしかして『今夜、恋人になるかもしれない男の子』かな?」

我ながら意地が悪い。

彼女は笑う。

「なにそれ。オッサンドラマの見過ぎじゃない? 漫画の読み過ぎじゃない?」

自分より一回り近く年下の少女に笑われてしまった。ムキになりそうな自分を抑える。

「普通に、友達とだよ」

普通に友達とだったら、そんな風に言葉をタメたりとか、言うのに時間がかかったりしないだろうけどね。そんなことを聞くとまたオッサンディスられてしまいそうなので、やめておくことにした。

 

「……自分が友達だと思っていても、相手が友達だと思ってくれていない、なんてこと、よくあるのかな?」

うつむきながら言う。こちらを向かない。本音の話をする時、彼女は顔を見せてくれない。

「君が誰かのことを友達だと思わない事があるように、誰かも君のことを友達だと思わないかもしれないね」

「かもしれない」とぼやけさせたけれど、彼女の慰めにはならなかったかなぁ、と反省した。

 

「友達がほしいよ」

「うん、分かるわ」

「自分が大切だと思えて、相手からも大切だと思ってもらえる。そういう友達がほしい」

夏祭りの喧騒の中で、ひどく寂しげに彼女が言う。

「まずは、君ができるだけ沢山の人を大切にしよう。そうしたら、何人かからは大切だと思い返してもらえるかもしれない。ギブアンドテイクの最初の一歩は、君から踏み出せばいいと思うよ」

一回り以上人生を重ねてきて、できるアドバイスがこれだけか、すこしさみしいなぁ。

 

「あー、かなここんなところにいた~」

人ごみから女の子たちが彼女に向けて手を振る。彼女たちはかなこちゃんの「友達」なのだろうか、とふと思う。

「ごめんー。ちょっと親戚のおじさんと話しててさー」

さっきの寂しそうな様子を微塵も感じさせない、若くて、元気で、抑揚のある大きな声。

「んじゃヤマカワさん、また今度ね~!」

手を振って彼女は人ごみに溶けていく。

なんとなく、瞳が輝いているように見えた。

泣いているのか、活き活きとしているのか。

多分両方だろうな、と思いながら、筆者はお祭り会場を後にした。

 

~完~