ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00461_第十二話『山川町のひとたち』

筆者が飲み会の帰り、最寄り駅からタクシーに乗ったときの話だ。

「おぉヤマカワさん、久しぶりですねぇ」

そんな風に運転手から声をかけられた。

「ご無沙汰してます。最近あんまり飲みに行ってなかったんですけど、今日は久しぶりに」

そんな風に答えると、運転手は笑ってくれた。明るく人のよさそうな、初老の男性だ。

 

「今日はどういった飲み会で?」

「学生時代の連中と、久しぶりに集まろうって感じで」

「いいねぇ、楽しそうじゃないか」

 

他愛もないやりとりをしながら、タクシーは夜の国道を走り始めた。

優しそうな人柄が表れているようで、運転も穏やかだ。

 

「最近結構、アクセルを踏んでるんですよ」

筆者からこんな話を切り出した。酔っぱらった勢いで唐突に話し始めるのは、筆者の悪い癖だ。

「ほう、そりゃあどういうことですかい」

「人と会いに行ったり、新しいことを始めたり、ちょっとずつ色んな事のスピードを上げてるんですよね」

「はぁ、なるほどそういうことか」

「今までやったことないことにチャレンジしたりとか、出かけたり遊んだりするためにお金が必要だから、ちょっと自炊増やして節約したりとか、色々頑張ってるんです」

「ほぉ~いいじゃないか。充実してそうだねぇ」

「ですね、結構楽しいです。人生のスピードが上がっていく感じがして、それは楽しい」

「いいじゃねぇの。そうやってどんどんスピード上げてもらって、大物になってくれよ。そしてうちのタクシーバンバン使ってくれ」

運転手が声を上げて笑う。

「いやぁでもね、ちょっと加速しすぎかなって恐い部分もあるんですよ。今までも結構加速してた時期があったんですけど、だいたいどこかでやらかしてまた減速しちゃったり、後戻りしちゃったりしちゃうんですよね。今回もそんな風にならないか心配で」

軽い感じで、今思っていることを話してみた。運転手は笑みをたたえたまま、うんうんとうなずいてくれた。

「たしかにね、スピードが出てくってことは恐いもんだよ。タクシーの運転もそうさ。スピードが上がれば上がるほど早く目的地には辿り着く。でもその分事故のリスクも高まるし、事故った時の衝撃も大きい。だから、スピードを上げるには経験が要るし、より集中しなきゃならない」

そうですよね、と相槌を打つ。

「ヤマカワさんも今30くらいだろ? ようやく色々経験が積まれてきて、加速できるようになってきたんじゃないかい?」

「そうなんですかね。まぁ大小さまざまな事故もやらかしてきたんで、ちっとは経験が積まれたかもしれないですね」

「事故の傾向は出てるかい? こんな感じの事故を繰り返しがちだ、みたいなやつさ」

「そうっすね……。だいたい楽しくなって暴走すると良くないです。あんまり参考にならないなぁ」

「そうでもねぇよ。だからこそ今こうやってブレーキちゃんとかけてるんだろ? 学習してるよ」

「本当は、ちゃんと集中して運転して加速し続けていきたいんですけどね。もっと高いところまでいきたい」

「ははは、そりゃあ、前向きなのは良いことかもしれないけど、現実をちゃんとわきまえろよ。ガス欠になったらしばらく動けなくなっちまうからな」

「たしかに……」

「ヤマカワさん、前からそうだよなあ。色んな事やろうとしてあっちこっち動き回って、でがんばりすぎちゃってガス欠する。思いっきり広場を駆け回った後スコンと寝落ちる子供みたいだ」

「いつまでも子供ムーブしてるのも良くないと思うんですけど、なかなかね……」

「あんたはきっとずっとそんな感じなんだろうな。それはそれで、悪くはないと思うよ。でもな、もうそろそろひとっところに腰を据えたらどうだい。あんたは今やってることを低く見てるかもしれないけど、しっかりやればモノになるもんだと思うんだけどな」

「そうですかね……どうも自信が持てないです」

「そっかそっか。子供っぽいけど、後先考えずって訳にはいかないもんな。学んでるじゃないか。スピードは自信が持てたら出せばいいよ。無理して危ない運転するこたぁない。目的地までの景色を楽しむのも、運転の醍醐味だからな」

 

そうこう話しているうちに、タクシーは筆者の自宅まで辿り着いた。

「じゃあまぁ、人生頑張れよ。ゆっくりやってきな。大物になったらちゃんとうちのタクシー使うんだぞ。いや、小物のままでもいいからちゃんとタクシー乗れ」

 

得意の冗談を置いて、タクシーは夜の街へと消えていった。

そうだね、タクシー気兼ねなく乗れるくらいの大物になろうな。

そんなことを思いながら、筆者は自室に続く階段を登って行った。