ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00531_正しさと調和

頭では分かっているのだが、なかなか切り分けることができないことがある。

 

あなたの〇〇という考え方は違うと思う。

あなたのした××は良くないと思う。

 

ということが

 

あなたは間違っている。

あなたが悪い

 

そんな風に言われているように思ってしまう。

指摘を受けているのは自分の行動や考え方、つまり「一部」であり「人格全体」という訳ではない。

それなのに、自分がまるごと否定されているように思ってしまう。

 

そしてもっと良くないのは

「そんなことを言うなんてあなたは私の敵なのか」

というような思い込みがあることだと思う。

もちろん表立ってそういうことを言うわけではないし、時間が経てば気持ちも落ち着いて考えられるけれど。

 

むずかしいなぁ。

自分を良くするための建設的な指摘なのに、素直に聞くことができない。

あぁ、できないってことはなくて、できるだけ聞こうと心掛けてはいる。反論せず、時間を置いて反芻したりとか。

あぁ、でも「反論しない」に重きを置きすぎて、自分の考えとか言わないのが不満感たまる原因なのかな。

 

よくインターネットとかでできる性格診断系の質問で

 

「正しいこと」と「調和」のどちらを取るか聞かれたら、だいたい「調和」を取るようにしている。

 

相手の言うことを遮ってでも正しいと思うことをする、とか

正しいことよりも全員が納得することが大切だ、とか

 

そういうのを選びがち。

うん。そうなんだよな。

 

自分でちゃんと考えていないのかと思う。

自分の考えに自信が持てないとか、周囲任せにしているとか、そういうことは感じる。

 

自分が思うところをしっかり言語化したいなぁ。

結局自分の考えが言えないということは、誰かに突っ込まれたとき十分に反論できない、突っ込まれるのが怖いからだと思う。

綺麗でいよう、損しないようにしようとしすぎると、コミュニケーションの選択肢がかなり狭まってしまい、難しくなる。

もっと率直に話した方が、精神的には楽になるかもしれない。