ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00501_幼稚

自分が幼稚だと思う。

なぜだろう。

嫌なことをやりたくないといって逃げてしまうところとか。

自分本位で人のことを考えられていないところとか。

 

もっとしっかりしなきゃと思う。

具体的にどういうことなんだろう。

もう十分できているところをさらに緊張させて、手を付けるべきところは結局手つかず、そんな風になっている気がする。

手を付けられないところにはそれなりに理由があるわけで。

でも理由をつけて言い訳しているところが幼稚だと、そういう話。

 

00500_社交

社交ができるようになりたい。

もうちょっと具体的に。

調整だけじゃなくて主張。
協同。

社交に伴う心理的負荷を下げたい。

「楽をしようとするな」とも言われそう。

別に負荷を負うからえらいという訳でもない。

わりと出来てるとも思う。
苦手なのは「自分から声をかけること」「反論」「疑問を持つこと」とか、そう言うところ。
仕事柄なのか、純度100%の受容でなければいけないような思い込みがあるかもしれない。
だから一対一だとそこまで負荷ないけど、関わる人が増えると等比級数的に負荷が増すとか。

んー、そんなに主張してないわけでもないのでは、とも思ってきた。
なんで「不燃感」こんなに高いんだろな。
思っていることとは逆のこと言ったりするからか。でも人間ある程度は誰しもやるわけでさ。だから人間誰しも不燃感あるんだよ。筋は通るけど解決せんよねそれ。

なぜ主張しないのか、は反論が怖いからでしょう。なぜ反論が怖いのか。わからない。症状は? 答えなければならない緊張。相手にわかってもらわなければならないというプレッシャー、敵意を想像すること。

意見が別れそうなことについてはそもそも話題にしない。意図的に逸らすなどしてしまう。先送り。きつい。

調和を志向するせいで建前ばかりになり、かえって調和しきれない、緊張感がぬぐえない。そういう感じ。何からしたらいいのか。

分かり合えないと諦めること。
別に納得させなくてもいいと開き直ること。
辛かったこと反芻しすぎるのやめよう。

自分が痛いこととかされた嫌なこととかばかり見てるけど、控えめに見ても同じくらい人に嫌なことをしている。プレッシャーをかけている。辛すぎると、そういう部分で盲目になってしまう。

ちゃんと人と付き合う余裕を持つこと。
そこから社交を始めれば良いと思う。

00499_反射神経

反射神経で生きてる、と最近よく言うようになりました。

その場その場の風向きに合わせて動く。

右と言われれば右。

左と言われれば左。

 

それまで積み上げたものとか、確たるものとか、そういうのがあまりない。

 

今までこんなことで失敗してきたじゃないか、と言うようなこと。

痛みが残っていて、それゆえに戸惑ったりしてしまうこともあるんだけど。

「この問題が解決されたから大丈夫!」というような、

建設的、論理的な思考ができていないと思う。

 

どこまでも感情的だなと思う。

もっと合理的、論理的に行動できるようになりたい。

効率的とも言うべきか。

 

合理的、という話と、確たるもの、という話は矛盾もある気がする。

矛盾と言うか、別の次元の話なのかな。

 

どう生きていくのか。

いい歳してそんなことで悩んでいる気がする。

ポエムはやめて、早く建設的なことを始めろよ。

そんな声もする。

動かねばな。

00498_ちょっといいコーヒー

ちょっと良いコーヒーを買いました。

ドリップするやつ。普段はスティックタイプのやつだけど。

今までのが一杯18円くらいなのに対し、ドリップの方は一杯50円くらい。

2倍以上のお値段です。

 

やっぱりね、おいしい。

香りがいいんですよ。

ぜいたく。本当にぜいたく。

 

そこでポッと出てきたのが「このコーヒーを毎日飲みたいか?」という問い。

んーどうだろう。

ぜいたくなものは、たまにだからいい。

毎日飲んでいたらありがたみが薄まってしまう。

 

そっちの方が、親近感のある結論でした。

 

「もっと良いコーヒーもあるんだし、どんどん好きなもの飲もうよ」

と言うような思いも浮かんできますが、どうかなぁ。

「もっと追究しろよ。そんなんだからおまえは中途半端なんだよ」

そんな声もあるけど、あんまり強くないので、今日はそんなに体調が悪くないんだろう。

 

いずれにせよ、ささいな幸せを大切にしたいものです。

今日もコーヒーがおいしい。

 

00497_からっぽ

そんなタイトルの唄があったなぁと。からっぽ。

 

表現したいものがないのに、表現したいという矛盾。

表現することに焦がれている。

「何を?」と聞かれてもとくに何もない。

何年か前、とある新書の帯に

 

「オレはやるぜ」

「何を?」

「何かを」

 

というやり取りが書いてあったことを思い出す。

結局何もしたくないんだろうなと思う。

 

夢を描くことのおいしい部分だけを啜っているよう。

結局「何も成し遂げることができなかった」という空虚を将来的に感じることになる。

それが代償。

夢を見るだけ見て何もしなかった、甘い部分ばかり食べた代償。

 

すべきことはあれで、これで、と明確になっているのに。

一つもやりはしない。

そんな現実から逃避して、夢のおいしい部分だけをすする。

具体的な努力をしない。逃げてばかり。

 

そろそろからっぽを実感しなければならないとき。

でも多分もう遅い。

積み重ねたものがある人とからっぽの人。

差はもう埋められるようなものではない程度になっている。

 

今からでも積み重ねるしかない。

そんなに高くは積みあがらないかもしれないけど。

からっぽに耐えられないなら。

下手でも積んでいくしかない。

00496_楽観と悲観

悲観的に構えていたことが、実は悪くない結果に収まったり。

楽観的に構えていたことが、予想外にひどい結果だったり。

 

なかなか思うとおりに行くものではないな、と思わされます。

 

漫然と日々を過ごしてしまいがちだけれど、一日一日は確実に過ぎていっている。

大切にしなきゃなと思う。

では具体的にどうする?

意気込みだけで何もしないのでは意味がない。

そういうところが嫌だったと思っている。

 

変にシニカルになるのをやめたい。

プライドが高いとか、カッコつけてるとか、言われることが多いけれど。

そういうのを捨てて、全部捨てるわけじゃないと思うんだけど、素直になれたらよいと思う。

 

素直は取り柄だったと思うのだがな。

道はまだまだ長い。

00495_同じことばかり考えすぎる

悩みがあるとき、同じことについて考えすぎるなと言う気づきについて。

イライラする時、恐い時、その原因(だと自分が思っていること)について堂々巡りの考えが展開される。

よくなかったこと、これから良くないことが起こるのではないかと言うこと、などなど。

 

具体的な解決に向けて動く、ということはあまりない。

「こうすればいい、だからもうこれ以上悩まない」ということも。

 

建設的な方向に頭を使って、行動して。そうあるべきだと思う。

そうしないのは子供だと。自分はまだまだ子供だと痛感する。

 

ちょっとくらい負荷がかかっただけで、もう全てのやる気を失ってしまう。

そういう所が子供っぽいと思う。こういうところは大人になりたい。

 

自分の至らないところに焦点を当てていると、どうしてもイライラしてくる。

もどかしい。

 

考えることをコントロールする、っていうのをやってみるといいのかな。

考えを逸らす練習。考えても仕方がないことを考えない練習。必要かもしれないな。