正しくないことを思うこと。それ自体は悪くないと思う。
思うことって、なかなかコントロール不能だしね。それを正すのが言わゆる認知の修正なのかもしれないけど。
思ったことを正しくないと知りながらあえて言う、それはどうだろう。
「思う」と「言う」の間には大きな違いがある。
思っているだけなら許されることも、言うと許されなかったりね。
まぁ「他人に許されないことを言ってはいけないのか」というのは改めて考える必要があると思う。
言うのであれば、責任が生じる。
しかし、言わないこともまた、責任を発生させることもある。
言って発生する責任は「それは違う!」と責められる可能性を負うということ。それについて質問されたときに答えること。間違っていると思ったら謝ること。
言わずに発生する責任は、ちょっと考えにくいけれど。
後から「どうして言わなかった」と責められる可能性もある。リアルタイムでも「どうして同意しないの、あなたは反対なの」という意見や視線への対処もあるだろう。
思っていることを言うことで得るもの、失うもの。
思っていることを言わないことで得るもの、失うもの。
得ているつもりでも、実は失っていたり。
自覚がないだけで、実は大変なものを失っていたり。
いや、実は失っているのではなく、自由になっているのかもしれなかったり。
何がどう人生に対して良く、悪く、作用するかなんて終わってみなけりゃわからない。
そんなこと気にする方がナンセンスという気もしてくる。
結局は、目の前の一日をよりよく生きるよう生きていくだけだと思う。
日々が判断の連続であるという所から逃げないでいたい。
あるいは、「逃げる」という選択も主体的に取ったものであるのだと自覚しておきたい。