ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00519_アドバイスと聞き流しについての考察

相談するのが苦手である。

 

苦手な理由の一つとしてぼんやり思い浮かぶのが

 

「相談してアドバイスされたら実践しなきゃならないのがめんどう」

 

ということがあった。

 

「ちょっと〇〇で困ってて」と言うと、「××したらいいんじゃない?」と言われるような、あれ。

 

この時提示される方法が、自分が気づいておらず本当に新たな知見で、かつ実践可能に思えることだった場合、それは採用されるかもしれない。これだけ好条件でも採用されないかもしれないのは、やはり時間を置くと実行がめんどくさくなってしまうからで。

 

で、それ以外。自分でもある程度思い浮かんでいることをアドバイスされた場合。

自分でも思い浮かんでいることだが、実施していない。

実施していないのは「めんどくさい」を中心とした、何らかの理由があるから。

もちろん相談に乗ってくれて、アドバイスまでしてくれる相手にそこまでは言えないのだが。

ありがとう、と言いつつ、そこまではできないよなぁ、という思いになることも多い。

 

相手のアドバイスを聞ききれない理由の一つに、「相談が十分にできていない感」がある。

 

自分の状況を相手に十分に伝えきれていない、

ゆえに相手はこちらの状況を十分に理解しないまま結論を出している、

なので、相手のアドバイスは状況に対してちぐはぐになっている。

 

みたいな思い込み。これは相手が悪いんじゃなくて、自分の相談、伝え方がよくないという話であって、相手を責める意味合いはない。

 

なのでまぁ、必然的にアドバイスを聞き流してしまうことが多くある。

今までもたくさんの有益なアドバイスを聞き流してしまったことだろうと反省する。

 

今までの自分の立論には欠けている視点がいくつかある。

 

・自分もまた、相手のアドバイスを十分に理解できていない。

・自分の、状況に対する主観的が、必ずしも正しいわけではない。

・「そこまでできない」と思うならその旨まで話してこその悩み相談。

 

などなど。

そもそも自分の主観が正しいのかという判断は自分自身ではつけられないものだ。

鏡なしに姿が見えないのと一緒。視野には必ず盲点がある。

それを正すためという意味でも、やはり他人の意見を聞くことは大事なのだ。

 

そしてまた、相手のアドバイスを100%実行しなければならない、というわけでもないのだろう。

そこまでやっていたら疲れてしまうし、相手もそこまで求めるわけでもないと思うし。

自分なりにやりやすい形でアレンジしたっていいと思うのだ。

他人がどう言おうと、最終的な判断・行動をしてその結果を引き受ける、責任を取るのは自分なのでね。

 

最近、人に相談した時も、同様にアドバイスをいただいて、ふんふんと聞きつつも「できるかなぁ」と内心思っていたことがあった。

実際にやってみると、多少自分なりにアレンジを加えてはみたものの、相手のアドバイス通りに問題を解決することができた。

そんな件を踏まえても、自分の視野はやはり狭いなということを思うし、他人の意見には耳を貸す方がいいと思うし、かと言って他人の意見に「頭を預ける」ほどのことをせず自分で考えて結論・行動を出すべきだなぁと思うのです。

 

自分一人でできることや見えることは限られているので、もっと色んな人を頼っていきたいなぁと思うのでした。