ヤマカワラボラトリ

ことばとおんがくがすきなめんへらさん、ヤマカワの研究所。

00587_人が変わっていく姿

対人援助の仕事をしていると、相手の方が変わっていく場面を目にすることもあります。

良くも悪くも。ここでいう「良い」も「悪い」も「私から見て」という留保付きではあるんだけれど。


その度にいろいろなことを考えます。

良い変化であればもちろん嬉しく感じるし。何がよかったのか考えよう、となる。

「相手が見栄を張ろうとしてこちらに合わせている」なんて可能性もあるので何とも言えないこともあったりする。


望ましくない変化だとしても色々なことを考える。

自分の関わりで反省すべき点はなかったか、今後どうしていくか、悲観的になりすぎていないか、など。


考えて実践して振り返って、というのがこの仕事の基本的なループなのだと思う。

もう少しシステマチックにこの流れをやりたい。


思いつきで行動して、後から反省して、次以降にあまりつながらない。

そういうこともあるし。最初の頃に比べてだんだん改善はされてきていると思うけど。


今にして思えば、最初の頃は思った以上に手探りだったと思う。

いや今も手探りなんだけど、当時は「経験の無さゆえに分からないこと」ということに全然無自覚だったと思う。上司や先輩が「こういう風になっている」と説明してくれることを「それくらい知っているよ」「こういうことでしょう」と分かった気になっていた、そういうことが多いと思う。今の自分から当時にツッコミを入れるなら、「それがちゃんと分かっているなら、こうすべきだ。これもわかるはずだ」ということが多く出てくる。一つ一つが知識として入っていても、それが正しくつながっていなくて、結局実務に有効なものとして機能していなかった。そういう感じ。

まぁそれは仕方がない。初めのうちはそういうものだと思うし、今だって手探りで進んでいく場面も非常に多い。


ふと振り返ってみると、支援している相手だけではなく、自分も色々と変わってきたのではないかと思う。きっと、良くも悪くも。万物は流転するという感じだ。行く川の流れは絶えずして、的な。


仕事はやはりしんどい時もあるけれど、少し休むと「頑張るかぁ」という気持ちになれている。「できるだけ働き続けたい」という気持ちはある。かっこつけの部分もあるにはあるけど、本心としてももちろん、幾分かはある。

できれば健康をキープし続けて80過ぎるくらいまで働き続けたい。今関わっている領域の中で歳を取ってからでも続けられそうなものってどんなのがあるかな、と思案する。


以前同業の人との雑談で、もちろんグチなども多くあったんだけど、「福祉は給料は少ないけど、福祉がなくなることはない」っていう妙なポジティブさ(?)で合意したのが印象的だった。そうね、多分福祉は無くならんわ。でも給料は上げて欲しいな。処遇改善してくれ。


久しぶりに長く文章を書いたなぁ。

逃避したいことがあると、文章を書きたくなるのかもしれんな。

現実をやっていかねばだ。向き合っていかねばだ。